2018年07月13日

侍 - ミッキー・カーティスと侍 (USM Japan)
河童 - ミッキー・カーティスと侍 (USM Japan)



1950年代のロカビリーブームで頭角を現し、その後マルチタレントとしてTVやステージなどで活躍したミッキー・カーティスは、60年代後半にGSグループ“ヴァンガーズ”を率いて東南アジアに渡り、各国のクラブやカジノのハコバンドとして活動。当地ではかなりの人気を呼んだそうで、その人気ぶりに目をつけたプロモーターの誘いで今度はヨーロッパに活動の拠点を移し、日本人バンドとしての印象づけのためグループ名を“サムライ”と改めた。

グループはヨーロッパ大陸からいよいよイギリスはロンドンに進出、当時のロックシーンの様々なビッグネームのサポートアクトを務めながらレコード契約を獲得し、イギリスとドイツでリリースされたのがファーストアルバム「侍」。このアルバムに関してカーティスはあまりいい思い出がないようで、彼の自伝でも多くのことは語られていない。約3年にわたる海外転戦の後彼はメンバーを引き連れて帰国し、日本のレコード会社と契約を結んだが、ファーストアルバムの内容では売れないと判断されたのか(?)新たにアルバムを録音し、リリースされたのが本邦デビュー盤となった「河童」だった。

時系列的にごちゃごちゃしているが、まずは先に録音された「侍」の方から。CDに封入されている中高年にはとても読めない文字の縮刷版アルバムライナー(by中村とうよう)によれば、本作がヨーロッパでリリースされたときは二枚組のボリュームだったが、日本リリースにあたって曲数を減らし一枚に収めることになったのだとか(CDの時代になったのだからカットした部分も入れたらいいのに・・)。現地で出会った外国人ミュージシャンや、後に洋楽シーンで大活躍する日本人ベーシスト、山内テツの名前もクレジットに確認できる本盤は、当時イギリスで盛り上がっていたプログレ風の長尺曲と、アシッドフォーク調の曲が混在しており、かの地のロックシーンの雰囲気をうかがい知ることができる内容。一方「河童」も基本的な構成は変わらないが、わかりやすいハードロック調の曲や、日本語曲も収録されており、ある程度日本の市場を意識した印象。この時期に早くも沖縄音階と三線の音色を取り入れている「誰だった」のセンスは注目に値する。



侍 ('71)

Green Tea
Eagle's Eye
Boy with A Gun
18th Century
Four Seasons
Mandalay
Daffy Drake




河童 ('71)
Trauma
Same Old Reason
Daredatta
Vision of Tomorrow
King Riff and Snow Flakes




posted by yakame at 01:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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