
ドイツのルーフ・ミュージックというレーベルがここ何年か細々と続けている「One Song Compilation」というシリーズがある。ポップスの歴史的な名曲1曲にテーマを絞り、様々なアーティストによるその曲の録音を出来るだけ集めてみるという、音楽マニアであれば一度は考えたことのあるアイディアだが、それをCDベースで実現してしまったのがこのレーベルの偉いところ。先日同シリーズの第7弾と第8弾が届いた。
まずは「Killing Me Softly(やさしく歌って)」。ロバータ・フラックが1973年に全米ナンバー1を記録した超有名なこの曲には超有名な逸話があって、その主人公はロリ・リーバーマンという女性シンガーソングライター。1972年11月のある夜、ロサンゼルスのフォーククラブ「トルバドール」にドン・マクリーンのライブを観に行った彼女はマクリーンの歌、特に「Empty Chairs」という曲に深い感銘を受け、ライブ終了後にその印象をテーブルナプキンに書きつけたのがこの名曲が生まれるきっかけになったのだという。このメモ書きを元に詞を作り上げたのがノーマン・ギンベルで、曲をつけ完成させたのがチャールズ・フォックス。リーバーマンのバージョンはその年にキャピトルからリリースされた彼女のファースト・アルバムに収録された。
リーバーマンのバージョンが一部で評判になり始めた1973年のある日、この曲の記事を飛行機の中で見かけたのがロバータ・フラック。印象的なタイトルに興味を惹かれた彼女は早速この曲を聴いてレコーディングを決断、アコースティックなフォークソングだったこの曲にジャズのフィーリングや多重録音によるコーラスを付け加え、結果生まれた彼女のバージョンの成功については、改めて書く必要はないだろう。フラックのバージョンの完成度があまりにも高いのでその後生まれたカバー・バージョンの殆どはフラックの録音をなぞったような内容だが、そんな中からアルB.シュア!('89R&B14位)、フージーズ('96エアプレイ1位)によるリバイバルヒットも生まれている。
今回のCDにはそれら有名なヒット・バージョンの収録は残念ながらなし、リーバーマンのバージョンもオリジナルではなくこのアルバムのために今年新たに録り直されたもの。それではあまり意味がないような気がするが、文句を言わずまずは聴いてみることに。収録されているのはイージーリスニング系のアーティストが多く、名の知られているところではシャーリー・バッシー、ドイツのマックス・グレーガー、バーニー・ケッセル、ジーン・ピットニー程度で、他は比較的90年代以降の録音が多い模様。英語圏の音楽は主人公の性別を明確に別けて歌う伝統があるらしく(日本のように男性グループが「女の操」を歌うようなケースは特殊な事情を除いてあり得ない)、男性アーティストがこの曲を歌う場合は“His Song”の部分は“Her Song”または性別をはっきりさせない形(“This Song”とか“Love Song”とか)にするようだ。一組「キャプテン・スマーティパンツ」なる男性グループがはっきり“His Song”と歌っているのだが、ネットで調べたら彼らは「シアトルのホモセクシュアル・コーラス・グループ」なのだとか。CDジャケ写が“キンキー・ブーツ”な理由が何となくわかってきた・・。
収録曲の3分の1近くはインストなので、気分に合わせて「やさしく歌って」を聴きたい時にあれこれチョイスすると楽しいのかも。2バージョンが収録されているジャマイカのジョン・ホルトの男臭さを除けば全般的に落ち着いた雰囲気で、何かのBGMにも使えそう。続く第8弾は「Ain't No Sunshine(消えゆく太陽)」特集。ビル・ウィザースのオリジナルがあまりにも強力なので、果たしてカバーの方は楽しめるのか?と不安だったが、冒頭のラサーン・ローランド・カークによる壮絶な吹き語り(!!)でその懸念は一掃された。続く“お洒落なジャズ・グループ(?)”フォー・トゥ・ザ・バーの解釈を間違ったようなバージョンはさっさと飛ばして、3曲目にはトム・ジョーンズが切々と歌い上げる録音が。うん、この人が言うんだったら絶対太陽は昇らないよね。と、つい相づちを打ってしまいそうな暑苦しさ(笑)。これは相当男気溢れるコンピレーションになっていそうだ。「Ain't No Sunshine」が“オーガニック・ソウル”として再評価されるようになったのは近年のことなのか、このCD収録曲の半分近くは2000年代の録音と選曲にやや偏りがある気もするが、だからといってそう雰囲気を壊すものは入っていない。「やさしく歌って」と比較しジャズ系の録音が多いのは、勿論選曲者の好みもあるがこの曲の特性に負うところも大きいのだろう。悲嘆にくれる男の歌に果敢にも挑戦した女性アーティストの録音も4バージョン入っているが、女性が歌うとここまで救いがない感じになってしまうのか・・と、ちょっと怖くなった。個人的なベスト・トラックはローランド・カークを除けばデヴィット・サンボーンとスティングの共演版、パースエイジョンズのアカペラ・バージョンあたりか。


「One Song Compilation」はこれ以前に6種類が出されており、「Sunny」が2種、「Fever」「Light My Fire」「Summertime」「Take Five」がそれぞれ1種というラインナップ、個人的にはシリーズ先陣を切った「Sunny」2枚のアイディア豊富さには感心させられた。大好きな曲を目一杯聴きたい、そんな貴方にお勧めなこのシリーズ、次は一体どんな曲の特集が企画されるのだろうか?
Roof MusicのOne Song Compilation

