
ここ何ヶ月か、月1回江東区の文化センターで催される「昭和歌謡大全」なる講座に通っている。日本の歌謡曲の歴史を戦前から戦後の黄金期まで様々な視点から紹介していくもので、毎回著名な評論家等を招いて時代々々のヒット曲、隠れた名曲を聴かせてくれている。回によっては講義形式ではなく、声帯模写の白山雅一師と落語の柳亭市馬師が2時間自慢ののどを披露し合ったり、端唄のお師匠さんやジャズ・シンガーを呼んで実演してもらったり・・と、バラエティに富んだ内容で毎度非常に楽しい。仕事の都合でどうしても行けない時もあるが、年末までのあと数回、時間をやりくりしてなんとか通いつめたいと思っている。
この講座の8月の回に登壇されたのが、ポピュラー音楽評論の世界では長老格の瀬川昌久氏。この時は実演も交えて戦前〜戦後の洋楽色の強いポップスを、服部良一作品を中心に聴かせてもらったのだが、その時の資料に折り込まれていたチラシで発売を知ったのが「日本のジャズ・ソング」シリーズ。これは氏が中心となって戦前のジャズ・ソングを80曲あまり選曲し、1976年に発売されたアナログLP5枚組のCDによる復刻で、今回はこれに作品を追加し全6枚のシリーズとして発売される模様。第1回発売分の2枚が届いたので、早速紹介させてもらおう。
戦前のジャズ・ソングを集めたCDというと、数年前にビクターから出た「シング・シング・シング 〜昭和のジャズ・ソング名唱選〜」というコンピレーションがあり(こちらも瀬川氏の監修)、作品毎のエンターテインメント性の高さに驚かされたものだったが、今回のシリーズ第1集「戦前編・創世記のジャズ」はそれのコロンビア編といった感じの内容。“日本語のジャズ・ソング第1号”として名高いのは昭和3年にリリースされた「青空」と「アラビアの唄」のカップリングで、二村定一の独唱によるバージョン(こちらはビクターからのリリース)が有名だが、実はその約半年前に二村が天野喜久代とデュエットで吹き込んだものが一足早くリリースされており(この時のタイトルは「あほ空」)、このCDはその時に吹き込まれた4曲(あとの2曲は「アディオス」と「ヴァレンシア」)で始まっている。当時「ジャズ・ソング」の解釈にはレコード会社によってかなり差があったようで、聴き比べてみると(選曲の問題もあるのかも知れないが)ビクターの方が幾分洗練された雰囲気。逆にコロンビアの方はより日本人の感性寄りに「ジャズ」を強引にねじ伏せた感じの作品が多く、また別の意味で興味を惹かれる。しかしこの「青空」と「アラビアの唄」のカップリングというのは象徴的で、「夜となる頃(こーろ)/唄を唄おうよ」と洋楽ポップスの基本である“フレーズ毎に韻を踏む”行為に果敢に挑戦した「アラビアの唄」、そして♪狭いながらも楽しい我が家〜と数十年に一度クラスの名(迷)訳詞を生んだ「青空」と、我が国のポップスは随分と高いレベルから出発したんだなぁ、と改めて思わされる。同じく昭和3年に録音されたフランス産の「ティティナ(チャップリンの「モダン・タイムス」に使用されるのはこの8年後のこと)」の素っ頓狂なコーラスのエキゾチックさは今聴くと胸がドキドキするような奇妙さがあるが、欧米の音楽ファンが聴いたらよりショッキングに聴こえるのではないだろうか。
他にも♪私はあの娘が大好きよ〜の「フウ」、♪都を、十里ばかり離れて〜の「都はなれて」など、当時なりの“日本語でリズム感を出す”試みが面白く、聴いててゾクゾクさせられる瞬間が幾つもある。個人的には女性ソプラノ歌手があまり好みではないので(当時アメリカでもこのタイプのシンガーが全盛だったので仕方がないが)、CDの半分以上を占める天野喜久代や井上起久子の歌は、聴いてて少々キツいところもあるのだが・・。
CD後半3曲には今年の前半に単独CDが発売され、好事家の間で大変な話題となった“元祖ヘンな外人”バートン・クレーンのとっておきの3曲「酒がのみたい」「家へかへりたい」「ハレルヤ」が。“妙ちきりん”な日本語の選択センスは、現代でいえばさしずめ“ボビー・オロゴン級”。彼のCDはかなり評判がよかったようで、今回のシリーズもその好評を受けて同じレーベルがCD化を決断したのでは?と思えるほど。未入手の方はこのシリーズと併せての購入を強くお勧めしたい。
もう1枚は戦前のショービズ界で活躍した日系三世のダンサー/シンガー、川畑文子が昭和8〜9年に残したジャズ・ソングを16曲集めたもの。昭和7年の来日当時まだ17歳だったという彼女はそのとき既にブロードウェイの舞台での経験を持つ達者なエンターテイナーで、そのアクロバティックなダンスとフィーリング溢れる歌はマレーネ・ディートリッヒ、またはパリに渡り成功を収めた黒人ダンサー/シンガー、ジョセフィン・ベーカーを引き合いに出して賞賛されたという。来日当初は日本語がまったく喋れなかったという彼女が歌う日本語の歌は、その微妙な発音がヘンに魅力的で(コニー・フランシスが歌う日本語バージョンに通じる趣)、聴いてて非常に楽しい。ライナーを読むと彼女の技量不足を指摘し、シンガーとして評価しないとの意見もあるそうだが、そういう音楽の聴き方しか出来ない人にはこのCDは不要だろう(ジョセフィン・ベーカーだって残された音源を聴く限り歌手としては大したものではないし)。彼女が持つ当時の他の女性シンガーとは全く異質の雰囲気は、むしろ戦争後20年以上経過してからシーンに登場した自由な発想の女性シンガーたち、とりわけ僕は以前人から聴かせてもらった桑名晴子がスタンダード・ナンバーばかりを歌ったアルバムに通じるものを感じた。以前江利チエミの音楽についてあれこれ調べていたとき「1コーラス目を英語、2コーラス目を日本語で歌うのが当時非常に斬新だった」というような記述を見かけたが、それってもう戦前にあるじゃない!とこのCDを聴いて思った。彼女はコロンビアに40曲の録音を残しているそうで、その大半を収録した2枚組のCDも以前彼女の物語がミュージカル化された時に発売されているそうだし、またミュージカル「上海バンスキング」で吉田日出子が歌いリバイバルした「あなたとならば」も残念ながらこのCDには収録されていないが、ある意味“元祖ガール・ポップ”ともいえる彼女の魅力を知るきっかけとして、現在のJ-POPファンにも是非聴いてみていただきたい1枚。え!?「こんな強かな17歳じゃ萌えません。」・・そうですか。。

