2006年07月18日

Abracadabra: The Asylum Years - Judee Sill (Asylum/Rhino UK)
Chariot of Astral Light - Tommy Peltier featuring Judee Sill (Blackbeauty)

Abracadabra: The Asylum Years - Judee Sill Chariot of Astral Light - Tommy Peltier featuring Judee Sill

ASYLUM RECORDS - アサイラム・レコードとその時代(音楽出版社) 先月出版されたムック(音楽本)「All About Asylum Recordsアサイラム・レコードとその時代」はお読みになっただろうか。70年代ウェスト・コースト・ロックのコアな部分を担った「アサイラム」という一つのレーベルを題材に、レーベルの歴史からアーティスト紹介、全アルバム解説までが大勢のライターたちによって詳細に言及された、全篇音楽への愛情溢れる素晴らしい一冊だった。

 現在は「ドリームワークス」3トップの一人として業界を牛耳るデヴィッド・ゲフィンが71年に設立した「アサイラム」から、記念すべき第一弾アルバムとしてリリースされたのが女性シンガーソングライター、ジュディ・シルのファースト。彼女がどんな人だったかをこの本から引用させてもらうと【1944年10月7日にカリフォルニアのスタジオ・シティで生まれた彼女は、両親がアルコール中毒者で、15歳で家出、17歳でギャングと結婚、すぐに離婚して武装強盗となり、捕まって少年院送り。出所してからは大学で少し音楽を学んだものの、ヘロイン中毒となり、ヘロインを手に入れるために様々な犯罪に手を出して、今度は刑務所へと、とんでもない世界を生き抜いてきた。】という、一言でいって「どうしようもない女」だったようだ。これまで僕は彼女について70年にタートルズが録音した美しいバラード「Lady-O」と、とあるオムニバス盤に収録されていたこの曲の彼女による自演版でしか知らなかったのだが、その彼女の再評価熱が近年高まっているのだという。

Judee Sill ('71) 結局1979年にヘロインのオーバードースで命を落とすことになる彼女が、生前発表したアルバムは71年のファーストと、73年発表の「Heart Food」の2枚のみ。この2枚は数年前日本でCD化され、続いてインターネット・オンリーの通販レーベル「ライノ・ハンドメイド」からボーナストラックが大量に追加され限定版として発売されたものの、送料も考えるとかなり高価でなかなか手が出せなかったのだが、今回「ライノ〜」で発売された内容そのままを2枚組にし、更に未発表と別ミックスを1曲ずつ追加、しかも値段はほぼ1枚分という「ライノ〜」盤を購入した人にとっては「そりゃないよ〜」と言いたくなるようなCDがイギリスで発売された。彼女の経歴を読んでそこから生まれる音楽を想像してみると、もの凄くエキセントリックなものか、もしくはローラ・ニーロ風の「怨念系」ナンバーが延々と続くような作品を思い浮かべがちだが、実は彼女が生み出す音楽は驚くほど美しく清々しい。その歌声も澄んだ感じで(低音域になるとカレン・カーペンターを思い起こさせる瞬間もある)とても“ギャングスタ”な生活を窺い知ることは出来ない。

 彼女版「Lady-O」を初めて聴いた時、僕はブラジルのシルヴィア・テレスが歌うボサ・ノヴァに通じるものを感じた。清楚で、どことなくもの哀しげで。アルバムの他の曲も同様にシンプルなサウンドの曲で埋め尽くされているのかな、と思っていたのだが、聴いてみたら予想とは随分違った感じでびっくり。当時の彼女に言わせると、彼女の音楽性は「カントリー/カルト/バロック」に集約されるのだという。カントリー・マナーのメロディやリズムに、ドラッグ体験から生まれたアシッド感覚、そして大仰ともいえるオーケストラ・アレンジ。加えて彼女が少年院に収監された時期に覚えたというゴスペル風のピアノ・サウンドが彼女の音楽を特徴づけている。本稿に何度も登場している「Lady-O」に加え、ホリーズがカバーした「Jesus Was A Cross Maker(偶然だと思うが彼女のバージョンはかつてホリーズに在籍したグラハム・ナッシュがプロデュースしている)」あたりがロックファンには耳馴染みのある作品になると思うが、他にもコーラス・アレンジが印象的な「My Man On Love」や、現在何かのはずみでFMラジオから流れても、リスナーにそれなりのインパクトを与えることが出来るのではないか?と思われる「Enchanted Sky Machines」など、つい繰り返し聴きたくなるようなナンバーが幾つも収録されている。ボーナストラックにはセッションからのアウトテイクに加え、71年の貴重なライブ録音も7曲。ストリングスや複雑なコーラスを取り除いた彼女の“素”の演奏を聴くことが出来る。

Heart Food - Judee Sill ('73) 続くセカンド「Heart Food」は前作の世界を更に推し進めた内容。カントリー臭はやや後退、その分ゴスペル色が増し、オーケストラとコーラスのアレンジはより壮大なものに。中でも特筆すべきは「The Kiss」というナンバーで、これは間違いなく彼女の最高傑作だろう。クラシカルな雰囲気の中徐々に高みへと到達していくメロディとボーカル。不幸にもこれまで注目されることはあまりなかったようだが、今後70年代屈指の名曲と見なされるようになるのかもしれない。他の聴きどころとしてはオールディーズ風のコーラスが楽しい「Down Where The Valleys Are Low」、ゴスペル風のピアノとわかりやすいメロディが印象的な「Soldier Of The Heart」、複雑に絡み合うコーラスが荘厳なムードを創り出す大作「The Donor」など。ボーナストラックにはアルバム・セッションからのアウトテイクが8曲収められており、彼女がピアノの弾き語りで歌う「The Kiss」は装飾を取り除いてもこの曲がなお類い稀な美しさを持っていることを証明しているし、それは「The Donor」も同様。CDの最後にこの曲のミックス違いを再度登場させているのは、今回のCDを企画した監修者の思い入れの強さを物語っているのか。

Dreams Come True: Hi, I Love You Right Heartily Here - Judy Sill ('05) 大変充実したアルバムを2枚立て続けに発表した彼女だったが、その後は不幸な運命が待ち受けていた。車の暴走癖があった彼女は度々交通事故を引き起こし、それが原因で傷めた背骨の痛みから逃れるため鎮痛剤やドラッグを大量に摂取。施設への入退院の合間にアルバム1枚分の録音を残したものの、結局それはお蔵入り(昨年「Dreams Come True」のタイトルでようやく陽の目を見た)、数年間廃人同様の生活を送った後79年に命を落としたが、音楽シーンを離れて久しい彼女の死を報じるメディアは既になかったという。21世紀に入って再発見されようとしている彼女の音楽、このCDで手軽に入手できるようになったことにより「70年代の秘宝」に出逢う音楽ファンが増えることを願いたい。

 ・・と、文章はここで終わってもいいのだが、ここのところ個人的に高まるばかりのジュディ・シル熱にほだされてつい入手してしまったCDがもう1枚あるので併せて紹介。60年代にローランド・カークとの共演盤を残しているというジャズ・トランぺッター、トミー・ペルティアが60年代末、何を思ったかシンガーソングライターに転向し録音した作品集が昨年CD化されており、そのジャケットに書かれている「フィーチャリング・ジュディ・シル」の言葉に誘われて購入。全12曲のうちシルが参加しているのは後半の6曲で、前半6曲は殆ど聴くべきところはなし。シンガーソングライターとしてのペルティアはとても評価できるものではなく、関心はシルの活躍ぶりばかりということになるが、一曲「Pocket-Socket」で彼女のソロ作にも通じるコーラスが聴けて一瞬ハッとさせられるものの、他は非常にラフな形で伴奏(当時のサイケなサウンドに欠かせないファーフィサ・オルガンを何曲かで弾いている)とコーラスを務めている。作品自体はどうということはないが、録音時期が69年から74年にかけてと、シルのキャリアの最初期と最後期をカバーしているため、どうしても手許に置いておきたい気にさせられる。ボーナスとしてクイックタイム映像で彼ら73年の貴重なスタジオ・ライブを観ることが出来るが、ライブ映像でいえば前述の「Dreams Come True」に収録されているソロのステージの方が圧倒的にいいし・・。やはり重度のマニアのみ持っていればいいCDなのかな、という結論に落ち着くか。


posted by yakame at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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